千葉県八千代市緑が丘の整骨院・整体院 | 城ノ戸鍼灸接骨院
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院長ブログ

院長(医師)語る 課外授業編(エピローグ) p(´□`q*)

 院、後に σ(゚Д゚*)の治療理念・医療哲学を形成する上で、ヒントとなりました。

「治療って何なんだ・・・  何のためにするわけ? 誰のためのモノ??」

σ( ̄、 ̄=) 真剣に考えましたね。
 医療とは患者さんの幸福を応援するモノでなければ本末転倒では有るまいか!!!


 疾患にもよりますが、病名というレッテルを貼りつけて、

「あなたは[異常]だから[正常]に近づけましょうね。」

では、必ずしも患者さんの幸福に繋がらないと思うのです。

 当人に苦痛を押しつけてでも、治せば良いってモノじゃない。
 開き直って、治らなくても仕方ないじゃんってモノではもっとない。

 私は以前、下記のように記載しました。
現在の自分を受け入れて(自己受容)、身体の不具合と共存しながら、上手に付き合って生きていくことを指導することも「医療」だと思います。
私の定義(*´∀)
【医療:疾病を抱えた【人間】を心身両面から支えること】

 後に、私がここに行き着いたのは、この課外授業の影響もあります。

「一緒に来るか?」
と院長に声を掛けていただいたことを、感謝しています。

 さて、病名を貼り付けて、それ
を治そうと躍起になって奮闘すると、当人に苦痛をもたらす場合があるわけですが・・・
 逆に診断が付かず、途方に暮れる患者さんも見受けられます。
( ´Α`)< 「なんで異常がないのに、私は痛いの!?

 次回からは「院長(医師)語る 通常編」に戻り、不定愁訴について展開していきたいと思います。

つづく

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院長(医師)語る 課外授業編(本編) p(´□`q*)

 午
療を終えると、院長は 私とKさんを、とある施設に連れて行きました。

σ(
Д*) どこに連れ込まれるワケ???


 着くと、スタッフの方が笑顔で迎えてくれます。広い部屋に通されると、就学前くらいの子供たちが元気に走り回っていました。

(´ω)? 幼稚園・・・ 保育園かしら??

と、次の瞬間に理解!!!

 胸が明らかに出っ張っていたり(鳩胸)、肘などの関節がすごい方向に屈曲している子供が大勢います。
 パッと見た目では健常児に見える子供も、院長の前でシャツを脱ぐと胸の中心がくぼんでいたりします(漏斗胸)

なるほど そういう施設か・・・


「かわいそう」 どこから視線だ ヽ(Д)ノゴルァァア!!
 といった発言や、身体を凝視することは失礼だと思います。ですから私は、院長が全員の健診を終えるまで、脚にまとわりついてきた子供と普通に遊んでました。


往診の帰り、院長は言います。


「あんまり個々の障害部は診てないんだけどね。解剖学や整形外科学の知識が役にたたないのよ、健常者を基準にしてるから。
 健常者との違いという視点で診ると、[異常] という結論にしかならなくて救いがないでしょ。身体の成長と共に変形が強調されて見える場合もあるんだけど、左右対象で痛みも伴わないなら良いんじゃない?
 これは[異常] ではなく、[個性] だ。私は、そう考えてる。」



 なるほど。身体の設計図(染色体)が、そうなってるのですから[個性] というわけか!
 機能に重大なトラブルがないなら、形態は他者と違くても問題なし!!


 こういった方に我々、手技療法家は何ができるだろう。勉強不足かつ、治療に変なこだわりを持ち、

「身体が歪んでますねぇ。矯正しましょう。」

 などと言い、得意げに バキバキ、ゴキゴキと関節に負担を強いる馬鹿がいたら、ぶっ飛ばしものですわ
(殴らんけど)

つづく


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院長(医師)語る 課外授業編(プロローグ) p(´□`q*)

「理治癒には至っていなくても、日常生活動作をある程度不自由なく行えることは、幸せなことである」

 σ(Д*) 前回の記事で、このように記載しました。しかし、この言葉には補足が必要だと思っています。話が脱線するので前回は触れなかった内容です。

 整形外科で運動器リハビリテーションに携わっていると、上記の言葉が失礼にあたる��
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院長(医師)語る②  (。'Д')。゚Д゚)。'Д')。゚Д゚)フムフム

「治は、しっかりと治す」

これはプロ(医療者)の匠でしょう。しかし、全てのケースで、治癒に導けるわけではありません。医療者が治療に自己満足な熱意を燃やすと、


「健康は素晴らしいことで、不健康は素晴らしくない。治さなければ!」
という思考に陥りがちです。
では、完治が困難な患者さんは素晴らしくない状態であり、不幸なの??? 


おかしい、この考えはオカシイ

手術でも完全には治らない場合がありますから、保存療法なら尚更です。


「理想的な治癒には至っていなくても、日常生活動作をある程度不自由なく行えることは、幸せなことである」

と、σ(Д*)は考えるようになりました。


現在の自分を受け入れて(自己受容)、身体の不具合と共存しながら、上手に付き合って生きていくことを指導することも「医療」だと思います。


私の定義(*´∀)
【医療:疾病を抱えた【人間】を心身両面から支えること】


院長、曰く

「保存療法による機能訓練は、廃用症候群(長期安静による、筋力や骨強度の低下など)を防止する意味でも意義が大きい。
そもそも、慢性疾患を持つ高齢者が、延々と通院することは医療費を圧迫するように思われがちだが、そうでもない。正確には圧迫されても程度が低くて済む。」


「医療機関に通うだけでも足腰の運動になっているし、機能訓練を受けることで元気な高齢者が増えれば、要介護の高齢者が減るだろ?
寝たきり高齢者を増やさないように、予防医学・初期医療に費用を使った方が医療費高騰の緩衝効果が期待できるというデータが発表されてるんだな。」


( ゚△゚) その発想はなかったですよ・・・ また目から鱗が落ちました。

つづく

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院長(医師)語る①  (。'Д')。゚Д゚)。'Д')。゚Д゚)フムフム

者さの X線写真を使用し、画像診断や、それら診断に沿い、どの様な治療法が選択可能かを説明してくれました。
特に、オペ(外科手術)について
の解説に圧倒されます。

「医者スゲーーー!!!」
というのが率直な感想です。
 

治療法の選択で考慮すべきは、リスク と、リターン でしょう。
外科手術(観血療法)を選択した場合、不具合を起こしている患部に直接アプローチするので、相応の効果を期待できるはずです。


しかし入院が必要となれば、まとまった費用と日程が必要です。手術は身体に負担を掛けますし、術後の機能訓練にも月日と苦痛をともないます。手術が失敗する可能性も、ゼロではありません。


一方、通院治療(保存療法)のみであれば、上記の リスクを回避できますが、患部には直接アプローチしないので、内容は対症療法に終始します。

院長、曰く


「最終的に選ぶのは本人だねぇ。今は、インフォームド・コンセント(十分な説明と、本人の同意)が叫ばれている時代だから。」


「以前、病院にいた頃は、結構強引にオペを勧めちゃったりしてたんだけど・・・。整形外科医ってのは言葉通り、外科系医師だから、基本的にオペが好きなんだな。語弊があるなら、生きがだ。」


「病院の整形には、切りたがりが多いし、自分もそうだった。だから開業して外来ばかり診てると虚しくなったね。重症の患者なんか滅多に来ないし、たまに来ても入院設備が無いから、病院に紹介状だよ。」


「そのうち、オペに執着は無くなったかな。 ○○さんって通院してるだろ、棘上筋断裂の人。肩をすくめないと腕を挙上できないけど(代償運動)、本人が日常生活は不便じゃないと言うんだな
完全断裂だから、オペで縫合するべきなんだが、手術は嫌だと言い張る。高齢だし、激しいスポーツとかしないだろ。なら無理に、嫌がることを、しなくても良いんじゃないですかねぇ。
リハビリ室で、これまで通り、肩の可動域訓練と、僧帽筋・肩甲挙筋あたりの筋疲労(代償運動により溜まりやすい)を解消してやってくれ。根本治療じゃないんだが、本人も納得して通院しているから。」


この言葉に衝撃を受けましたね。
は、それまで医療とは
「疾病を治すこと」
だと信じて疑わなかったからです。


これ以降、医療とは「疾病を抱えた【人間】を心身両面から支えること」と心掛けております。「治すこと」は「支えること」の要素の一つにすぎないという発想です。

医療者が「治すこと」に執着し、頑張る(我をはる)ことで患者さんに苦痛を強いては本末転倒でしょう。


これは、慢性疾患に対する治療法の模索に悩んでいた私にとって、解決策(発想の転換)のヒントになりました。


つづく

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